2009年03月07日

ストライキ続行中

ご存知の方も多いかと思いますが、京大で無期限ストライキ「首切り職員村」やってます。今日で13日目です。詳しい経緯は説明すると長くなるので、ユニオンエクスタシーのブログを読んでください。明日は夕方4時30分から、時計台前でイベントをやります。たぶんこれまででいちばん面白いものになると思いますので、ぜひ来てください。来ないと後悔するかも!

<以下、呼びかけ文から抜粋>

さて、わたしは明日夕方四時半から京大正門前の首切り職員村テントで映画の上映と喋り場を企画しています。わたしは先月ベーシックインカム施行を待たずに先日自殺した引きこもり不登校仲間の葬式に参列しました。クリスチャンですから、葬式ではなく天に召された昇天記念式として百人集まりました。死から構想された生。あなたやわたしや隣人たちの生はいま疎外されていないだろうか?もうこれ以上仲間の葬式に出たくはありません。失業の不安に怯え鬱病を抱えながら感情肉体労働が搾取されているケアワーカーや、短期就労と失業を往復せざるを得ない労働市場から予め排除された引きこもり含む非正規労働者や生活保護を申請したばかりの若い女性が中心で何かをしたいと思ってます。ほんとうに苦境にあり抑圧されている人ほどかくもその声はかき消され表にならない。弱い者がさらに弱い者を叩く。それはなぜ?いつか誰かではなく、「いまここで歌え」。この企画はいまのところわたしひとり(笑)。でもすでに遠方からも支援者たちが来るということです。来て下さいね!ジンやビラなど情報交換歓迎です。(吉岡さん)

(…前略…)いまエクスタシーテントのコタツの磁場を使って、企画を考えている仲間もいます。勝手連が動き始めました。「最初は対大学当局だったのに、やり始めたらあまりにも広過ぎる問題だと、労組発足から僕らは無知だったと思い知った」といったストライキ当事者のOさん。 切られる非常勤の85%が女性であり、これは介護労働問題にもつながっていく女性の労働問題。また介護労働をはじめ女性が主たる業務の担い手である現場の女たちがなぜ立ち上がりにくいのか、それを語る必要もあるでしょう。 エクスタシーは『脱自』という意味だそうです。ケアワーカーも今は『脱自』の時期ではないかと、ケアワーカーである私は思い、ユニオンエクスタシーのストライキから感化されたことがたくさんあります。何よりも支援にきているメンバーがみな苦しい状況の中、真剣に生きているその事がとても心打たれました。お互いに風呂なしアパートに住む仲間たちが貧しい中、生きのびるために励ましあい情報交換しあって、鍋をつついているんです。 ちなみにストライキに参加したある友人が言った「『大学』という自治的機能は、一般社会からあらゆる抵抗的試みが赦されているので、声も上げられない大半の非正規労働者たちの、注目を喚起することでしょう」という言葉にも「う〜〜む」と唸りました。 8日(日)夕方暗くなるころから映画上映や、コタツでの鍋&喋り場など企画が検討されつつあります。京都周辺の方はぜひとも、8日日曜日夕方16時半に結集してユニオンエクスタシーテントで弾けてください!(京都大学正門前にテントはあります) (白崎朝子さん@東京)
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2008年06月29日

ボーナス要求行動

bonus.jpgユニオン・エクスタシーのブログでも告知されていますが、明日の月曜日に、「6・30ボーナス要求行動〜〜尾池はタラフク食ってるぞ!〜〜」を開催します。時間は昼休み、場所は時計台付近です。参加希望者は、棒とナスを持ってお集まりください。
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2008年05月20日

長居大輪まつり

nagai_dairin.jpg 日曜日は、大阪の「長居公園大輪まつり」に行ってきた。これは、長居公園テント村に集う多くの人たちが、5年にわたって作り上げてきたお祭りだ。ジェロニモレーベルのライブ、ファッションショー(※写真)、P8(貧困者末端会議)、運動会、ナベガンチによる総踊り、どれも楽しかった。

 周知のように、長居のテント村は、昨年2月5日の行政代執行によって完全に撤去されてしまったのだが、そのときの映像は今もYouTubeで見ることができる。

長居公園行政代執行;芝居による抵抗 その2
http://jp.youtube.com/watch?v=h8AqNM2siJs

長居公園強制代執行;緊迫のなか、当事者・支援者からの訴
http://jp.youtube.com/watch?v=P-r3kfGQ068

 私はこの「芝居による抵抗」を見ると、かつて戦火のサラエヴォで、批評家のスーザン・ソンタグが「ゴドーを待ちながら」を上演したという挿話をいつも思い出す。長居での芝居について、「ここは日本で唯一、演劇を必要としている場だ」と、ある演劇評論家が語ったそうだが、演ずるということが真に「力」を持つというのは、実に稀有のことではないだろうか?

 そして今回あらためて思ったのは、これがいわば「劇中劇」である、ということだ。例えば「ハムレット」がそうであったように、ホームレスの住人、支援者、市職員、そしてマスコミ関係者という何百人もの人たちが演じる壮大な「劇」のただ中に、入れ子状になってもうひとつの小さな「劇」が繰り広げられている。空虚で滑稽な権力のパフォーマンスのさ中で行われた、ささやかな抵抗。これは実に、不思議な光景だ。

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(追記)明日、京大で面白い講演会が開かれるそうです。

大学を遊び場(コモンズ)に −遊び場を作るための論理−

講師 崎山政毅 (立命館文学部教授 ラテンアメリカ近現代史)
日時 5月21日(水)19時より
場所 法経5番教室
主催 農学部学生自治会(無料)
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2008年05月15日

コタツでの旅 in 鴨川

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2008年04月30日

4/29京都メーデー

コタツデモ.jpg 4月29日 反戦生活×ユニオンぼちぼち主催によるメーデーのデモ「恩恵としての休日よりも、権利としての有給を!」に参加してきました。

 カメラが鴨川に水没したため、今回は写真なし。

 くわしいデモの様子は、反戦生活のサイトおよびブログ「はにかみ草」(※写真を借用しました)でどうぞ。

 今回は、初夏のさわやかな昼下がり、コタツ(水陸両用)での川下りを満喫しましたが、残念ながら三条大橋付近が浅瀬であったため、悠々と流れながらカッコ良く登場することができませんでした。やはり何事も事前調査が大切です。

 明日5月1日はメーデー本番なので、昼休みに正門前でユニオン・エクスタシーが情宣をする予定。お暇な方はどうぞ。昨日、なぜか組合員が3名に増えてしまったので、またぞろ活動再開しそうな気配?
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2008年04月14日

ネグリ/デングリ

 このあいだ東京へ行ってきたので、遅ればせながら備忘のためのメモ。

反貧困フェスタ.jpg 3月29日(土) 朝、夜行バスで東京駅に降り立ち、実家へ。眠い目をこすりながら神保町の「反貧困フェスタ2008」へ向かう。体育館で、雨宮処凛×廣瀬純の対談「『自由と生存』の風は地球の裏側から吹いてくる」を聞く。なかでも廣瀬氏の、グローバリズムの最前線は「田舎」であり、高円寺の「素人の乱」は、シャッター通りといういわば「都市の中の田舎」における運動なのだ、という指摘は興味深かった。ほかにも、生田武志の講演などいろいろ面白そうなセッションがあったが、校庭の「カフェ・エノアール+ふぇみん」(※写真1)にてのんびりとお花見。守口の永瀬ユキさんやら、石垣カフェ以来の懐かしい顔にいろいろ再会する。福島瑞穂や辻元清美とも、ちょっと話をした。パンフレットを見ていたら、M寮の先輩である大山さんが生活保護のセッションに出ているではないか。挨拶に行ったが、昔と全然変わっていない。

 地下鉄で東大へ移動。途中、春日駅近くのアップルパイ屋(※写真2)に寄る。なかなか美味しい。
春日駅近くのアップルパイ屋.jpg
 それにしても、ネグリの講演会をよりによって安田講堂という、まさに国民国家の象徴のような場所でやるのはどうなんだろうか?(どうせなら駒場の900番教室でやれば、三島vs東大全共闘みたいでカッコ良かったのに。京大ならもちろん西部講堂だ。)なんというか、ネグリを特権的な知識人に祭り上げようという強固な意志を感じ、なんともグロテスクな気持ち悪さを感じる。終了間際ちかく、遅れて会場に入ると、ネグリとなにやら電話回線で話している様子。会場は固唾を呑んで聞き入っている。ネグリへの質問があらかじめプリントで配られていたが、そのうちの上野千鶴子による質問「マルチチュードの実践は法を超えるというとき、その非合法の実践の中に「暴力」が含まれるというなら、それはいかなるもので、それを肯定するのはなぜか?」というのが興味深かった。(残念ながら、答えは噛み合っていなかったが。)
ネグリ/デングリ1.jpg
 思えば、『現代思想』の「フランス暴動」特集で、「車を燃やすのはちょっとやりすぎじゃないのか?」とインタビュアーに問われた際、「この時代の流れを前にして、ちょっとばかり車が燃やされたからといってそれが何だというのでしょう。それに彼らが車を燃やしたのは、人々が路上に出て車を守らなかったからです」と平然と答えていたネグリが私は大好きだ。
ネグリ/デングリ2.jpg
 壇上では、上野千鶴子が、おフランス思想の方々に「So what?」みたいな感じで挑発的にカラんでいた。あいかわらずである。終了直前に表へ出て、安田講堂前でキョートット出版のビラをせっせと配る。石垣で知り合った、かまいちさんに偶然、再会。そばでは芸大から来たハーメルンの笛吹き隊(※写真3)が、にぎやかに囃し立て始める。同時に、駒場寮の残党(?)――後に早稲田の花咲政之輔氏らと判明――が大音量のトラメガでアジり出す。なぜか綱引き大会も始まり(※写真4、かまいちさんの日記より借用)、興奮したキョートット出版の社長も歌い出して、現場は訳の分からないカーニバル状態に。上野千鶴子が出てきたので、キョートットの『Dearキクチさん、』を手渡す。
ネグリ/デングリ3.jpg
 (※後日聞いた話だが、会場内部では、パネラーとして急遽登場した石田英敬に対して抗議のヤジが上がり、怒った姜尚中がトラメガを取り上げて叩きつけたらしい。この件に関する花咲氏とスガ秀実氏による声明が出されているが、私としては、おおむねこの声明に同意するものである。むろん、フーコー研究家でありながら駒場寮廃寮の先頭に立った石田英敬(まさにグロテスク!)は徹底的に糾弾されてしかるべきであるし、たぶん東大の先生方は、ネグリの言う特異性(シンギュラリティ)とか、共(コモン)とかに、まったく興味がなかったのだろう。ただし、抗議にはユーモアをもってするのが京都風のやり方だ。)
ネグリ/デングリ4.jpg
 ハーメルンの笛吹き隊に引き連れられて、歌いながら芸大まで徒歩で移動。

 芸大では、ネグリをつねに「さん」付けで呼んでいることに強い好感を持った(※写真5)。ネグリは私たちにとってかけがえのない年上の「友人」であり、決して特権的知識人などではない。これは正しいメッセージである。これまでの東大の重苦しい感じから急に離れて、にぎやかな学園祭のような雰囲気にホッとする。ウロウロと歩いていると、武盾一郎さん他による「沼美術館」に遭遇(※写真6)。誰でも描くことができ、どんどん絵柄が変わっていく、ワーク・イン・プログレスの作品だ。武さんの作ったドブロクやら、田中泯が漬けたという3年物の梅酒やらを飲みながら夜が更けていく。韓国のスクウォット集団「オアシス・プロジェクト」の人たちも合流。気分よく酔っ払って、池袋の友人宅に泊めてもらう。
ネグリ/デングリ5.jpg

 3月30日(日) 早起きして、再び芸大へ。正午から「抵抗としての餅つき」が始まる(※写真7)。もしネグリが来日していたら、きっと餅をついていたのだろう。その姿を想像するとちょっと可笑しい。「反貧困フェスタ」にも飛び入りで挨拶する予定だったとか。
ネグリ/デングリ6.jpg
 1時からは、田中泯による場踊り(※写真8)。背中に大きく「死」と染め抜いた着物で登場。芸大の正門前で、破れ傘を助六風に構えたかと思うと、やおらフンドシ姿に。ラジカセから流れる、ホセ・フェリシアーノの曲「Che sara'」に合わせて静かに踊り始める。すさまじい存在感だ。ホールで踊るよりもずっといい。圧倒的なパフォーマンスだった。
ネグリ/デングリ7.jpg
 続いて、セッション「芸術とマルチチュード」。会場は芸大の巨大なデッサン室で、なかなかいい感じである(※写真9)。パネラーは宇野邦一、川俣正、高嶺格、田中泯。ここで話されたのは、要するに「外がない」という話で、工場が社会全体に広がった以上、カンヴァスの中に閉ざされた芸術は確保できない、生全体が芸術=闘争にならなければならない、というようなことだった。途中、田中泯が司会(廣瀬純)に「お前の話は分からねえんだよ」「誰でも分かる言葉で話せ」とカラんだりしたが、田中泯のような反時代的(反マルチチュード的?)な人物との話の噛み合わなさ具合が、それはそれで興味深かった。このセッションも途中で抜け出し、ジェロニモレーベルのライブを聴きに行く。
ネグリ/デングリ8.jpg
 最後は、目玉企画。大ラウンド・テーブル「マルチチュードか、プレカリアートか?――この国の「路上」からトニ・ネグリを歓待する」。20人以上の有象無象が壇上に乗り、それぞれの報告を行う。まず、ガソリンスタンド・ユニオンからの「初めてのストライキ」報告があった。沖縄の高江からの、座り込みの報告があった。上野公園では「炊き出し」ではなく「共同炊事」を行っている、との報告があった。素人の乱やエノアールの報告もあった。足立正生は、生活保護を受けている(!)と語った。矢部史郎は「ネグリはもう卒業する」という欠席のコメントを寄せた。ネグリ/デングリ9.jpg毛利嘉孝は「政治に関わりのない芸術はゴミであり、芸術のない政治もゴミである」と語ったし、廣瀬純は「"共同炊事"っていう言葉はすごい、クリエイティヴィティのほとばしり、ぐいぐいって駆け抜ける、生のどんぶりだ」と興奮していた。イルコモンズはいつものように「ミラノの奇蹟」を上映し、酒井さんは長居公園の芝居の映像を映しつつ中桐の書いたテクストを朗読した。ネグリ/デングリ10.jpg長居の撤去に抗議して、パリの大阪市事務所が占拠された、という話もあった。そうこうしているうちに「オアシス・プロジェクト」がいきなり乱入し、代々木公園で拾ってきたという素材でパフォーマンスを行った(※写真10)。そしてなんだか分からないうちにシカラムータの演奏が始まり、いつのまにか会はお開きとなった。

 みんながみんな結構、言いっ放しで、でも何か知らないけど、不思議なぐらい、とにかく楽しかった。マルチチュードって、こういうこと?なのだろうか。


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2008年01月15日

三人吉三の物語

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 招待券を手に入れたので、ひさしぶりに南座へ出かける。(先月は金がなくて顔見世に行けなかった。)

 前進座の「三人吉三」。残念ながら土佐衛門伝吉(小佐川源次郎)以外にあまり見るところのない舞台だったが、それでもやはりこの芝居は何度見ても面白い。

 ストーリーは、お嬢吉三/お坊吉三/お尚吉三という3人の盗賊が、ひたすら強盗や殺人を繰り返し、運命の糸に絡めとられて破滅していく物語。こういう芝居を初春に見ると、ことし一年もがんばって悪いことをしよう、というすがすがしい気持ちになってくる。

 悪の輝き。悪 アズ ナンバーワン。

 そういえば先日、イギリスで、生き別れになった双子の男女が、お互い知らずに愛し合って結婚していた、というニュースが話題になった。2人は「双子とは知らなかった。お互いに避けがたい魅力を感じた」と話したとか。

 「三人吉三」に、まったく同じ話がある。生き別れになった十三郎とおとせの2人もまた実は双子の兄妹だったのだが、こちらの2人のほうは、兄・お尚吉三の手によって首を斬られて殺されてしまうのだ。理由は「畜生道に落ちた」から。

 おそろしい話だが、その点、現代においては、裁判所に「婚姻無効」を言い渡されるだけで済むのだから、実に安心だ。
posted by unagi at 17:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月08日

まぼろしの鰻屋

funasue1.jpg funasue2.jpg funasue3.jpg

 昨年末、先達に連れられて、まぼろしの鰻屋「鮒末」へ行った。なぜ“まぼろし”かというと、そこは毎月21日しかやっていないからである。東寺の東門を少し上がったところにあって、「弘法さん」に合わせて店を開くのだ。
 2007年、私にとって最も印象深かったウナギとの出会いである。

posted by unagi at 16:55| Comment(2) | TrackBack(0) | ウナギ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月07日

東京/亀戸餃子

kameido_gyoza1.jpg 私はグルメではないし、外食もほとんどしないので、いわゆる「うまい店」というものにあまり興味がないのだが、東京に帰るとついつい、なんとなく食べたいなー、と思ってしまうものがあって、それは例えば「富士そば」だったり、「大黒屋」の天丼だったりするわけだけれど、中でも「亀戸餃子」には、つい毎回フラフラと入ってしまうのである。いわゆる、「ふるさとの味」というやつなのだろうか。(亀戸駅の北口を出てすぐの路地にある。)

kameido_gyoza2.jpg ちなみに、深川というと、「ああ、もんじゃ焼きの。」などとたまに言われることがあるが、まず地元民は食べない。月島といえば、レバカツだ。






posted by unagi at 17:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月04日

東京/元旦・2日

EPSN1348.JPG 1月1日。元旦は、都内某所にある、カフェ「エノアール」へ行ってきた(ここへ行くことは長いあいだの念願だった)。それは静かな林の中にあって、黒い猫がいて、人々がみんな絵を描いている、不思議なカフェだった。

いちむらみさこ『Dearキクチさん、―ブルーテント村とチョコレート』(キョートット出版、2006年)

EPSN1349.JPG 差し出された、お雑煮やお茶やみかんを頂きながら、かつて石垣カフェの裏手にあった、「いしがき寮」での生活を思い出した。何というか、生活の質というか、作法というか、一言でいえば「ミニマルな生活」ということになるのだろうか。それが驚くほど似ている。無駄なものをすべて削ぎ落とした軽さ。そして、ゆるやかな時間の流れ。

 人は誰でもこのように暮らすことができるし、3年前、私たちもまた、確かに、このように生活していたのだった。

EPSN1355.JPG 1月2日。例年のように歌舞伎座の初日を見に行く。今年は「猩々」「一条大蔵譚」「女五右衛門」まで幕見。

 いま、87歳の雀右衛門が、「女五右衛門」でほぼ1年ぶりに舞台へ立つ。南禅寺山門の場、10分あまり。「京屋ッ!」という降るような掛け声の中、浅葱幕を切って現れた雀右衛門の姿に、なんとも胸が熱くなった。

 台詞はもう、ほとんどまともに聞き取れない。変な間が何度も何度もあいて、客席はみなハラハラして息をつめている(こんなスリリングな舞台は見たことがない)。だがしかし、あのいつもの声、そして錦絵のような立ち姿!

 私は27歳のとき、生まれて初めて歌舞伎を見たので、歌右衛門も梅幸も知らない。だから私にとっての歌舞伎はずっと雀右衛門だったし、揚巻も、八ツ橋も、お三輪も、雪姫も、八重垣姫も、道成寺も、みんな雀右衛門で見た。雀右衛門が私の熱中のすべてだった。

 かなしいというか、何というか、ただ、胸が熱くなった。
posted by unagi at 17:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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