2006年03月07日

神聖なるウナギ

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以下、前掲『ウナギのふしぎ』より引用

(……)タラゴナの北150キロほどのところに、ギリシア人が植民地を築いていたのだが、そのギリシア人こそ、ウナギをこよなく愛したことで知られているのだ。紀元前4世紀のはじめに活躍したギリシアの喜劇詩人、ピレタエロスはこう書いている。「死を恐れよ――死んでしまえば、ウナギを食せなくなる」

 古代ギリシアで最高のウナギが捕れたのは、アテナイの北西にあたるボイオティア地方のコパイス湖である。この湖は、今から何世紀も前に水路がつくられて水が抜かれてしまったが、ギリシア時代にはボイオティア北部の広い範囲を覆い、そこに川が注いでいた。ボイオティア人は、ギリシア喜劇のなかでとかくアテナイ人と対照的な存在として扱われる。アテナイ人が、理性を重んじる洗練された人間とされるのに対し、ボイオティア人は無学で欲張りな野蛮人として描かれるのだ。それでも、アテナイ人がボイオティア人に喜んで金を、しかも法外なほどの金を出すものがひとつあった。コパイス湖のウナギである。なにしろ、アリストパネスの喜劇『女の平和』で主人公の女性が、ボイオティアもその住民もすべて滅びてしまえと願ったあとで、こうつけ加えているのだ。「ウナギ以外は」

 こんなギリシア人も、ウナギを敬う気持ちにかけてはエジプト人にかなわない。エジプト人はウナギをある種の神とみなしていたのである。紀元前5世紀なかばのギリシアの歴史家ヘロドトスは、ナイル川ではウナギが神聖なものとされていると記している。『三銃士』を書いたアレクサンドル・デュマは、フランス食文化の歴史に造詣が深いことでも知られるが、その著書『デュマの大料理事典』によると、エジプトにはウナギを神として礼拝するグループがあった。信者はウナギを池に住まわせ、毎日チーズと動物の臓物を食べさせていたという。

 ギリシアの喜劇作家アンティパネスは紀元前350年頃、ギリシア人はギリシア人なりのやり方で、崇めたてまつるより大きな敬意をウナギに払っていると指摘している。「エジプト人がウナギを神々に比したことを、彼らの賢明さとみる向きもある。だが、わがほうではウナギが神々よりも尊ばれ、はるかに重きをなしている。神々であれば、二言三言祈りをつぶやけば機嫌をとることができよう。ところがアテナイでは、ウナギのにおいをかぐためだけにでも銀貨一二枚は支払わねばならないのだ!」
(続く)
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2006年03月03日

ウナギのふしぎ

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 昨年、ウナギ界で話題になった本がある。リチャード・シュヴァイド著『ウナギのふしぎ――驚き!世界の鰻食文化』(梶山あゆみ訳、日本経済新聞社、2005年)がそれである。原題は「Consider the Eel : A Natural and Gastronomic History」。私はこの本によって、蒙を啓かれること大であった。

 例えば、イタリアなどヨーロッパでは好んでウナギが食べられているが、これに対してアメリカ人は全くといって良いほどウナギを食べないらしい。(というか蛇蝎のように嫌悪しているとか。)およそ理解できない事柄であるが、だとするとブッシュがあれほど世界から嫌われるのも、きっとウナギを蔑ろにしているからに相違ない。なるほど、と得心がいった。

 またこの本では、ヨーロッパにおけるウナギ漁が盛んな地域として、スペインのバスク地方と、北アイルランド地方の二つが採り上げられているのだが、すぐに気がつくように、これらはETA(バスク祖国と自由)やIRA(アイルランド共和国軍)といった武装組織の本拠地なのである。実際、ウナギ漁に携わる漁師の中には、これら独立運動の支持者も数多くいるらしい。だとすれば、ここに「ウナギと革命」という実に魅惑的なテーマ設定が生まれてくるわけで、私は読んでいて興奮を抑えることができなかった。

 その他、この本の中には、せいぜい蒲焼き・白焼き・うざく…といったレシピしか知らないわれわれにとって、想像もできないほどバラエティ豊かなウナギ料理の数々が紹介されている。ウナギの知られざる生態や、あるいは含蓄に富んだウナギ語録――それはまた機会を改めて紹介しよう――など、いやはや、これは江湖のウナギファンを唸らせる好著である。
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2006年03月02日

産卵場所が特定

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 先ほど立ち読みした週刊文春によると、荒川静香は決勝前日に日本料理屋で50cmもある鰻を1匹まるまる食べたそうだ。これで思いがけぬ金メダルにも深く得心がいったというものである。何事にもウナギを軽んじていては、いい結果など出せるはずがない。

 やや旧聞に属するが、東大の海洋研究所がウナギの産卵場所を発見した、というニュースもあった。周知のように、これまでウナギが産卵する正確な場所については謎に包まれていた。素人考えでは、産卵するウナギに発信機でもとり付けておけば良いような気もするが、あの通り体がヌルヌルしているので発信機を取り付ける場所がないのだという。で、このたび海洋研が漁船で孵化直後の稚魚を捕獲するという方法で、産卵場所をマリアナ諸島沖の海山であることを特定したという。ウナギ界にとってひさびさの明るいニュースである。

 しかしながら、「産卵場所が不明」という事実こそが、ウナギの汲めども尽きせぬミステリーの淵源となっていたこともまた否定できない。関係者はウナギの完全養殖への期待を語っているが、仮に養殖が成功したとして、1匹100円とか50円とかでスーパーの店頭で投げ売りされているウナギの姿を想像するのは、ファンとしておよそ忍び難いものがある。ふだん1000円や2000円で売られているのを見て、とても手の届かぬものと深くため息をついて諦めるからこそ、鰻を食べられたときの悦びもまた限りなく大きなものなのである。

 ウナギは高価だからこそ、生態が明らかでないからこそ、人々のファンタジーをはげしく掻き立てる欲望装置として機能している。ありふれた大衆魚になってしまったら誰もウナギを「信仰」したりなどしないであろう。したがって今回の産卵地特定のニュースには、これを手放しで喜ぶ気にはなれず、むしろ否定的にならざるを得ないのである。(写真は東京都交通局の鰻のポスター)
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2006年03月01日

びわ湖とアート

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 そういえば週末に滋賀の堅田へ行ってきた。「湖族の郷アートプロジェクト2006」なるものを見に行ったのである。堅田といえば、あの橋本忍監督の奇蹟の傑作「幻の湖」のロケ地であり(この映画についてはまたいつか書くこともあろう)、歌舞伎「源平布引滝」で小万の斬られた腕が漂着する場所であり(現在でも「おとせの浜」という名前で残っている)、庭園マニアには垂涎の「天然図絵亭(居初家庭園)」もあって、何よりその古い街並みがたいへんに結構な土地なのである。

 で、着いたのは夜になってからなのだが、終了時間までに駆け足で見て回った。しかし正直言って展示よりも、散在する木造民家を借り受けてギャラリーにしたその建築のほうにいたく興味を惹かれた。作品の中では、駅からいちばん近いところに展示されていた薄暗い廃屋(?)が良かった。(しかしあの廃屋のどの部分が人の手を加えた「作品」であるのかは皆目分からなかったが…。)途中、小さな郷土資料館が展示会場になっていて、片隅に喜劇役者・志賀廼家淡海の資料が展示されている。聞くと堅田の出身なのだという。

 帰りがけ、浮御堂のそばに古い銭湯があり、そこでひと風呂浴びることにした。見るとロッカーに鍵が付いていない。のんびりした田舎なので「板の間稼ぎ」なぞは存在しないのであろう。

 夜のびわ湖はとても美しかった。
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