いちむらみさこ『Dearキクチさん、―ブルーテント村とチョコレート』(キョートット出版、2006年)
人は誰でもこのように暮らすことができるし、3年前、私たちもまた、確かに、このように生活していたのだった。
いま、87歳の雀右衛門が、「女五右衛門」でほぼ1年ぶりに舞台へ立つ。南禅寺山門の場、10分あまり。「京屋ッ!」という降るような掛け声の中、浅葱幕を切って現れた雀右衛門の姿に、なんとも胸が熱くなった。
台詞はもう、ほとんどまともに聞き取れない。変な間が何度も何度もあいて、客席はみなハラハラして息をつめている(こんなスリリングな舞台は見たことがない)。だがしかし、あのいつもの声、そして錦絵のような立ち姿!
私は27歳のとき、生まれて初めて歌舞伎を見たので、歌右衛門も梅幸も知らない。だから私にとっての歌舞伎はずっと雀右衛門だったし、揚巻も、八ツ橋も、お三輪も、雪姫も、八重垣姫も、道成寺も、みんな雀右衛門で見た。雀右衛門が私の熱中のすべてだった。
かなしいというか、何というか、ただ、胸が熱くなった。