2007年04月19日

東京都知事選・19

ayaya.jpg これまであえて書くのを自粛してきたことを、最後なので書くことにしたい。それは、私は黒川紀章のデタラメさが実は大好きだ、ということである。自らクルーザーを操縦して隅田川を溯上したり、ヘリコプターで伊豆諸島まで飛んでみたり、ガラス張り選挙カーで石原慎太郎の選挙演説に乱入し、「銀座の恋の物語」を大声で歌って妨害するとか、その選挙活動のすべてが好きだった。開票速報を見てガックリと落ち込んでいるところとか(本気で当選すると思っていたらしい)、その一挙手一投足からつねに目が離せなかったし、最初から最後まですべてが謎であり、バカバカしく、それでいてクールだった。

 実際、都知事選はパフォーマンス選挙である。有権者が1000万人もいるような巨大選挙区では、もはや街頭演説など何の意味ももたない。そこでは、いかに自らのイメージをうまくマスコミに載せるかということだけが問われており、それに石原は成功し、浅野は失敗した、というだけのことだ。浅野のマラソン姿を見て、落選を確信したのは私だけではあるまい。プレスリーを歌うのは悪くなかったが、いかんせん小泉の二番煎じであったのは最悪だった。

 ところで、黒川紀章がはじめて出馬を表明したとき、彼が石原の古くからの友人であること、日本会議のメンバーであることから、とんでもない保守反動の候補である、などと言われた。しかし私は、ある理由から、ずっと昔から彼の言動には人並みはずれた注意を払ってきたのだが、この男がかつて何か政治的な発言をするのを聞いたことがない。だから今回の出馬は、単純に(オリンピック受注をめぐる)私怨に端を発したものであると私は考えている。

 さて、ある理由――もうすでにお気づきかもしれないが――それは、彼が他ならぬ「若尾文子の夫」である、ということである。若尾文子。ああ、ここにこうしてその名を記すだけでも、はげしく胸がふるえ、熱くこみあげてくるものを抑えることができない。――私の青春のすべて。生きることのパッション、情熱と受苦をあますところなく教えてくれた不世出の女優、若尾文子!

 古い話だが、黒川紀章が「きみはバロックだ」というセリフで若尾文子を口説いたという話は、ある年代以上の人間なら誰もが知っている。しかしこの言葉は、私にとって長い年月のあいだ、大きな謎であった。若尾文子のどこがバロックなのか?――確かに、「刺青」や「清作の妻」や「赤い天使」における若尾文子の激情は、例えばローマにあるベルニーニの「聖テレジアの法悦」などを連想させなくもない。しかし今回、ブラウン管で見かけた若尾文子は、あたかもボッティチェッリの描く聖母のように、ただやさしく静かに微笑んでいるのだった。私にとって2007年の都知事選は、駄作「春の雪」に出演して以来、ひさびさに若尾文子が人々の前に姿を現した、というこの奇蹟のような一瞬によって長く記憶されることになるだろう。(了)
posted by unagi at 23:47| Comment(3) | TrackBack(0) | 都知事選 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
(了)ですか・・・残念。
次はぜひ、ユニオンなんとか、のことを書いてくださいませんか。

それと、そんな若尾文子さんの映画をわたしも観たくなりました。彼女の映画はただの1本も見ていないので・・・
Posted by 山繭 at 2007年04月23日 23:11
>山繭さま
リクエストにお応えして(?)、これから労働問題についてつらつらと書いてゆきます。
若尾文子でおすすめの作品、というと大変むずかしいですね。若い頃のあやや(「青空娘」や「祇園囃子」など)もキュートだし、妖艶なあやや(「妻は告白する」「刺青」「卍」など)も最高ですね。う〜ん、どっちもいいです!!!
個人的に好きなのは、三島由紀夫(チンピラやくざ役)と共演した「からっかぜ野郎」という作品です。「祇園囃子」だけ溝口健二監督で、あとは全部、増村保造監督ですね。
Posted by unagi at 2007年06月03日 00:27
あやや、といえば、このところはつい松浦亜弥を思い出してしまう・・・イケナイいけない・・・
buncoさんが帰ってきたら、一緒にみようかな、あぁ、どれにしようかなあぁ・・・
Posted by 山繭 at 2007年06月07日 21:37
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