2008年01月07日

東京/亀戸餃子

kameido_gyoza1.jpg 私はグルメではないし、外食もほとんどしないので、いわゆる「うまい店」というものにあまり興味がないのだが、東京に帰るとついつい、なんとなく食べたいなー、と思ってしまうものがあって、それは例えば「富士そば」だったり、「大黒屋」の天丼だったりするわけだけれど、中でも「亀戸餃子」には、つい毎回フラフラと入ってしまうのである。いわゆる、「ふるさとの味」というやつなのだろうか。(亀戸駅の北口を出てすぐの路地にある。)

kameido_gyoza2.jpg ちなみに、深川というと、「ああ、もんじゃ焼きの。」などとたまに言われることがあるが、まず地元民は食べない。月島といえば、レバカツだ。






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2008年01月04日

東京/元旦・2日

EPSN1348.JPG 1月1日。元旦は、都内某所にある、カフェ「エノアール」へ行ってきた(ここへ行くことは長いあいだの念願だった)。それは静かな林の中にあって、黒い猫がいて、人々がみんな絵を描いている、不思議なカフェだった。

いちむらみさこ『Dearキクチさん、―ブルーテント村とチョコレート』(キョートット出版、2006年)

EPSN1349.JPG 差し出された、お雑煮やお茶やみかんを頂きながら、かつて石垣カフェの裏手にあった、「いしがき寮」での生活を思い出した。何というか、生活の質というか、作法というか、一言でいえば「ミニマルな生活」ということになるのだろうか。それが驚くほど似ている。無駄なものをすべて削ぎ落とした軽さ。そして、ゆるやかな時間の流れ。

 人は誰でもこのように暮らすことができるし、3年前、私たちもまた、確かに、このように生活していたのだった。

EPSN1355.JPG 1月2日。例年のように歌舞伎座の初日を見に行く。今年は「猩々」「一条大蔵譚」「女五右衛門」まで幕見。

 いま、87歳の雀右衛門が、「女五右衛門」でほぼ1年ぶりに舞台へ立つ。南禅寺山門の場、10分あまり。「京屋ッ!」という降るような掛け声の中、浅葱幕を切って現れた雀右衛門の姿に、なんとも胸が熱くなった。

 台詞はもう、ほとんどまともに聞き取れない。変な間が何度も何度もあいて、客席はみなハラハラして息をつめている(こんなスリリングな舞台は見たことがない)。だがしかし、あのいつもの声、そして錦絵のような立ち姿!

 私は27歳のとき、生まれて初めて歌舞伎を見たので、歌右衛門も梅幸も知らない。だから私にとっての歌舞伎はずっと雀右衛門だったし、揚巻も、八ツ橋も、お三輪も、雪姫も、八重垣姫も、道成寺も、みんな雀右衛門で見た。雀右衛門が私の熱中のすべてだった。

 かなしいというか、何というか、ただ、胸が熱くなった。
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2008年01月01日

東京/おおみそか

manpuku.JPG 東京に帰ってきた。やはり都会はいい。本当にいい。渋谷の街中なぞを歩いていると、わけもなく心がウキウキしてくる。まず、若者がみんな顔にピアスをしている。ドンキホーテもある。話に聞いた「フリーハグ」という連中が駅前に並んでいる。京都にはない風景だ。

 この秋に、佐野眞一『東電OL殺人事件』(新潮文庫)という本をブックオフの100円コーナー(最近ここでしか本を買わない)でたまたま見つけて読んでからというもの、ずっと東電OLのことが気になっていた。そこで、おおみそかの夜、事件現場を訪ねてみることにした。

jizou.JPG 写真は、殺害現場となった「まん福亭」上の木造アパート。神泉のすぐ駅前にあって、事件から10年以上たっても変わらずに残っている。

 2枚目は、円山町の迷路のようなラブホテル街の中にある道玄坂地蔵。東電OLはいつもこの前で客引きをしていた。余談だが、私が渋谷の街をウロウロしていた91〜92年頃、「まんだらけ」というマンガ屋がラブホテル街のど真ん中に出来て、アベックとオタクが(互いに敵意を露にしながら)すれ違う風景がよく見られた。

toshikoshi.JPG 3枚目は、年越しそば。表参道「古道」のおろしそば。やはり東京のそばはおいしい。





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2006年03月01日

びわ湖とアート

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 そういえば週末に滋賀の堅田へ行ってきた。「湖族の郷アートプロジェクト2006」なるものを見に行ったのである。堅田といえば、あの橋本忍監督の奇蹟の傑作「幻の湖」のロケ地であり(この映画についてはまたいつか書くこともあろう)、歌舞伎「源平布引滝」で小万の斬られた腕が漂着する場所であり(現在でも「おとせの浜」という名前で残っている)、庭園マニアには垂涎の「天然図絵亭(居初家庭園)」もあって、何よりその古い街並みがたいへんに結構な土地なのである。

 で、着いたのは夜になってからなのだが、終了時間までに駆け足で見て回った。しかし正直言って展示よりも、散在する木造民家を借り受けてギャラリーにしたその建築のほうにいたく興味を惹かれた。作品の中では、駅からいちばん近いところに展示されていた薄暗い廃屋(?)が良かった。(しかしあの廃屋のどの部分が人の手を加えた「作品」であるのかは皆目分からなかったが…。)途中、小さな郷土資料館が展示会場になっていて、片隅に喜劇役者・志賀廼家淡海の資料が展示されている。聞くと堅田の出身なのだという。

 帰りがけ、浮御堂のそばに古い銭湯があり、そこでひと風呂浴びることにした。見るとロッカーに鍵が付いていない。のんびりした田舎なので「板の間稼ぎ」なぞは存在しないのであろう。

 夜のびわ湖はとても美しかった。
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2005年11月18日

家が消滅した日

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といっても今住んでる家ではない。
大学の中に勝手に建てて、2年以上も住み続けたバラック小屋。
先月、それがついに撤去された。

interior.jpg

内部は3畳の広さ。とても快適な生活だった。
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2005年11月17日

朝倉喬司講演会

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↑やっとできたビラ。職場に貼ってもいいか、と訊いたら上司に「あやしいからダメ」と言われた。以下、講演の案内。興味のありそうな人に教えてあげてください。(転送歓迎)

京都大学文学部中間実行委員会・11月祭企画
朝倉喬司講演会「明治×犯罪×芸能:いま大学に必要なものは犯罪と芸能だ!」
11月23日(水・祝)14:00から
京都大学文学部・新館第3講義室
お代は見てのお帰り(カンパ制)

近代日本の“忘れもの”:明治の近代化のひずみが特異な犯罪を生み出した。そしてこの犯罪こそが「語りもの」芸能の隆盛をもたらした。明治・犯罪・芸能という三題噺から見えてくる、激烈な生の空間。

朝倉喬司氏プロフィール
1943年岐阜県生まれ。早稲田大学中退。在学中にベトナム反戦直接行動委員会を結成。東京・田無の日特金属工場を襲撃し、指名手配される。その後「週刊現代」記者となり、同僚の宮崎学氏と親交を結ぶ。現在、第一線の犯罪ルポライターにして全関東河内音頭振興隊隊長。著書:「犯罪風土記」「芸能の始原に向かって」「流行り唄の誕生」「FOR BIGINNERS ヤクザ」「遊歌遊侠」「走れ国定忠治」「毒婦伝」「怪盗疾る」など多数。近著に「明治・破獄協奏曲」「涙の射殺魔・永山則夫と六〇年代」「ヤクザ・風俗・都市」「こっそり読みたい禁断の日本語」「自殺の思想」等がある。

「それでいながら、犯罪物語はそれが存在していること自体によって、殺人のもつ両面を讃美していた。犯罪物語がひろく成功したことは、人間がいかにして権力に反抗して立ちあがり、法を犯し、死をもって死の危険に身をさらすことができたかを知りたい、語りたい、という欲求があることを明示している」(フーコー)

河内十人斬り:明治26年5月25日深夜。河内国赤阪水分村で百姓の長男として生まれ育った城戸熊太郎は、博打仲間の谷弥五郎とともに松永伝次郎宅に殴りこみ、十人余りを殺害。二人は金剛山へ立てこもり、やがて追いつめられて自害した。この事件は、河内音頭でもっとも重要な演目として今も唄い継がれている。最近では、作家の町田康が長編「告白」で取り上げて話題になった。
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2005年09月11日

書生生活始まる

syosei.jpg
 哲学の道のすぐそばにある閑静な一軒家に住み始めた。某社会学者――私はその人のことをつねに先生と呼んでいる――の持ち家である。いろいろな成り行きから、ここの住みこみ書生としてとりあえずは住むことになったのである。そこで今日から備忘としてブログを書き始めることにする。
 二日酔いで起床の後(昨夜は部屋のお披露目会があった)、朝の法然院を散歩。昼から立川自衛隊監視テント村関係者との関西交流会、その後西部講堂の反戦ミュージック。折から降り出した雨で演奏は一時中止に。
 生活に必要な品が何もないのでいろいろ買い出しに行く。
 付近があまりに静かでかつ部屋があまりに広すぎるため、ひじょうに落ち着かない。
 人間が生活するには2畳でたくさん、というのがいしがき寮で学んだ大切なこと。
 家の隅を2畳で区切って自分の部屋にしようと思う。
 (写真は坪内逍遥自筆『当世書生気質』挿画)
posted by unagi at 02:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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