2007年03月15日

東京都知事選・6

francais.jpg 「フランス語は数を勘定できない言葉だから、国際語として失格している」という発言は、石原慎太郎の数ある暴言のひつとして記憶されている方も多いだろう。私が書きたいのは、これが単なる無意味な放言ではなく、都立大学の仏文科をぶっつぶすための根拠としてなされた発言だということである。

 石原は他にも、「首都大学東京の改革に反対している先生の多くは語学の先生だった。調べてみたら、8〜9人かな、10人近いフランス語の先生がいるんだけど、フランス語を受講している学生が1人もいなかった」「先進国の東京の首都大学で語学に対する学生たちの需要というのも、フランス語に関しては皆無に近い」などと発言している(もちろんデタラメである)。

 「数を勘定できない」というのは、フランス語の数の数え方に二十進法が混ざっていることを指しているらしい。簡単に説明すると、例えば「91」だったら「4×20+11」と表すといった、そういうことである。これは、両手両足を使って数を数えたケルト語のなごりであって、少々複雑だが、もちろん数が勘定できないわけではない。

 当然、この発言は、多くのフランス人やフランス語教師たちを激怒させ、ここでも多くの抗議声明が出された。明治大学のフランス語教員たちは、抗議書にフランス語学習セットを添えて石原に手渡した。そこには、「毎日コツコツ勉強すれば、数は勘定できるようになります」と書かれていた。

 その後、発言によって社会的名誉を傷つけられ、あるいは営業妨害を受けたとして、フランス語学校長らが石原に謝罪と発言撤回を求めて訴訟を起こした。裁判マニアの私は、長らくこのフランス語裁判に興味を持って注視してきたが、先月より民事から国賠訴訟へ切り替えられたようである(石原が最近になって、あれは個人的な発言ではなく公務上の発言だったと言い出したから)。しかし彼はいったい、賠償金を都民の税金から払わせるつもりなのだろうか?

 私は大学で、フランス語ではなくイタリア語を専攻したので、フランス語がいかに鼻持ちならない言語であるかを知っている(私はフランスという国と文化にあまり思い入れがない)。しかし石原の発言は、全くそんなこと以前の問題だ。いわゆる「ババア発言」や「三国人発言」と同レベルの、およそナンセンスとしか言いようのない戯言にすぎない。

 最後に、とても役に立つフランス語のフレーズをひとつ。

 "Ishihara, démission!"(石原辞めろ!)

 これを毎日言い続けることが必要だ。

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2007年03月13日

東京都知事選・5

kubidai.jpg 都立大学も悲惨なことになった。

 かつては文系の名門として知られた東京都立大学――だが、いまや石原慎太郎の手によって「首都大学東京」となり、人々から首大(クビダイ)と蔑まれるようになった。「滝川事件」さながらの弾圧によって、大学の自治は完全に失われた。

 そもそもの始まりは、石原が知事選二期目の公約に「全く新しい大学を作る」という一項を(思いつきで)入れたことに始まる。それはある意味、正しかった。学長を教授の選挙で選ばない大学。現場の声は一切聞かず、すべてがトップダウンで決められる大学。市場原理が貫徹した大学。そんな大学は、たしかにこれまでなかった。

 新大学への移行計画は、教授や学生たちの全くあずかり知らぬところで作成され、唐突に発表された(情報公開ゼロ!)。驚くことに、当時の総長でさえ、新設大学の議論に参加することができなかったという(したがって、大学の設立理念や組織設計などは、すべて河合塾に外注して作成されている)。

 その過程で、「実学」とは認定されなかった文学系5専攻(英文・独文・仏文・中文・国文)は完膚なきまでに解体された(篠田一士が生きていたら何と言うだろうか?)。予算削減のために、英語の授業はベルリッツに外部委託されることになった。

 当然のことながら、全学部で猛烈な反対が巻き起こり、150もの抗議声明や公開質問状が出された。しかし石原はこれをすべて無視した。結果として、大量の教員がこの大学に見切りをつけ、外部へ流出することになった。

 なかでも、近代経済学のCOEグループでは、相次ぐメンバーの抗議辞職によって、ついに研究継続の断念を余儀なくされた。しかし石原慎太郎は、「一部のバカ野郎が反対して金が出なくなったが、あんなものどうでもいい」と言い放った。私はこの一言を決して忘れることはないだろう。(続く)
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2007年03月11日

東京都知事選・4

kinrohokoku.jpg
 都立高校で必修化される「奉仕」科目について、具体的な各校の授業計画を見てみる。ざっと見渡したところでは「地域の清掃活動」や「高齢者福祉施設との交流」などが主で、ほかに「絵本の読み聞かせ、手作りの人形劇や紙芝居」「水泳指導の手伝い」「救急救命体験」「点字学習」「防犯パトロール」「パソコンボランティア活動」「リサイクル啓発パンフレット作成」「駅前駐輪場の整頓」「地方情報紙の発行」「交通安全マスコットの作成」「花いっぱい運動」といったものがある。中には、「使用済み切手整理」「マナー講習」「清掃工場ゴミ処理施設の見学」といった、どこが奉仕活動なのかよく分からないものもある。

 目を引くのは「東京マラソンでのボランティア」である。東京マラソンとは、先日、石原慎太郎が自らの露骨な人気取りのために行ったイベントで、真冬の冷たい雨の中、3万人のランナーを罰ゲームのように走らせ、なおかつ都内の交通を完全に麻痺させたというワンマンイベントの手伝いをさせるものである(どうやら来年もやるつもりらしい)。

 ボランティアが強制されたらそれはただの「勤労奉仕」にすぎない。いわば体のいい「タダ働き」である。単位と引き換えに不払い労働を強要するのは畜生にも劣る所業である。それでも、「ボランティアはいいことじゃないか」と言う方がいるかもしれない。しかし、ここで私がいつも思い出すのは池田浩士氏の発言である。以下、勤労奉仕とファシズムの関係について。

「池田 僕はナチスのことを勉強しているものですから、ボランティア制度というものがナチズム体制の中でどういう役割を果たしたか……つまり勤労奉仕制度があったわけです。「歓喜力行団」と日本では訳されていたんですが、「喜びを通じて力を蓄える」という意味で、レジャーのための全国組織があった反面で、それとセットになって「帝国勤労奉仕法」という法律に基づく勤労奉仕制度がありました。これをそのままマネをして日本で「国民勤労報国隊」というのができたんですね。

――あれはドイツから直輸入したんですか? そのまま、意識的にですか?

池田 ええ。名称からしても、法律の内容から見てもそうです。もともとナチス・ドイツの勤労奉仕制度は、ナチス時代より前のドイツ社会でとても盛んだったボランティア活動の伝統があったからこそ出来たものでした。これをしっかり見ておく必要があると思います。それは、だからボランティアはだめだ、と言うのではなく、何が大切かということを考えるため、とでも言うのでしょうか。

 つまり、誰でも一人で生きているのではなく、誰かと一緒に生きたいとか、誰かの力になれるような生き方をしたいっていうのは、とても大事なことだと思うんですね。で、ナチズムをはじめとするファシズム、天皇制ファシズムもそうですが、人間の一番大切な「心の問題」を吸い上げていく。慰霊もそうですね。靖国神社でも。ナチのドイツでも死んでしまった人を絶えず追憶するということをキャンペーンとしてやっているんですね。慰霊というのはファシズムにとって非常に大切な儀式なんです。

 宗教に全く関わらない人間でも、今、自分がここに生きているのは、あの死んだ人たちがいるからだとか、誰でも大事な人を失った人であれば、必ず感じることですよね。「今、絶対あの人が見ている」とか、「一緒に生きているんだ」というようなことですね。そういう思いを慰霊という形で全部吸い上げていく、ということです。このようなファシズムの全システムの中の一つとして勤労奉仕もあったわけです。ボランティア(精神)の一番大事なところが全部取られてしまうということ。そういう人間の、ひとりひとりの思いというものが<制度>として形を与えられ、モデル・模範にされていく、と言いますか。」

(引用終わり、続く)
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2007年03月10日

東京都知事選・3

 石原慎太郎の都立高校改革が推進している「特色ある学校づくり」は、結局はありもしない特色を捏造し、かえって各学校を均質化に陥れている。例えば、先述した斎藤貴男氏の母校である北園高校は「IT推進」を、私の出身である両国高校は「国語力の育成」(OBに芥川龍之介がいるからか?)を特色としているらしい。しかし建前上はともかく、現実に目指されているのは進学実績の向上ただそれだけであって、都教委による徹底した締め付けと管理強化によって、かつて存在したリベラルな都立高校文化はほぼ息の根を止められてしまった。

 例えば、かつての日比谷高校を舞台とした庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』という小説がある。そこでは、生徒は自分の担任を選ぶことができたし(新学期のクラス替えの際には、校庭で旗を持って立っている教師たちの中から好きな先生を選んでその前に並ぶ)、今ではおそらく私立の麻布高校あたりに残っているであろうような、自由な都立高校の雰囲気がよく描かれている。私の時代でも、こうしたリベラリズムの残り香のようなものはあって、その多くは勤続何十年という風変わりな名物教師たちの存在によって支えられているのだった。

 しかし、私の出身高校は昨年、都立初の中高一貫校のひとつとなった(同時に「作る会」の歴史教科書が採択された)。石原慎太郎は、一連の改革によって都立高校の復権が始まるのだと言う。しかし、かつて中学受験業界にいた私に言わせれば、入試を行わない現在の制度では(「適性検査」の問題を見る限り)、今後も進学実績はさほど向上しないであろう。少なくとも「作る会」の教科書を採用しているような学校に、まともな親が子供を通わせるわけがない。親の所得格差による教育の機会不均等はむしろ拡大するだろう。

 さらに、これはあまり知られていないが、都立高校では今年の4月から一律に奉仕活動が必修化される。安倍晋三の「美しい国づくり」政策において掲げられた「ボランティアの義務化」(!)は、すでに都立高校の現場において、こっそりと現実のものとなっているのだ。これは実に驚くべきことである。(続く)
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2007年03月09日

東京都知事選・2

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 最近では「行列のできる弁護士」やら「ふくろう博士」やらも立候補を取りざたされ、なにやら混戦模様である。しかし(元)都民の感覚では、やはり「乱戦」でなくては何か都知事選という感じがしない。

 石原慎太郎の数知れぬ悪行の中で、まず第一に何を採り上げるかは迷うところであるが、やはり都教委による日の丸・君が代の強制であろう。まさに石原のファシストたる所以であり、その常軌を逸した反動ぶりと熾烈な弾圧に関しては、もはやあまねく知れわたっているので、ここでわざわざあげつらう必要すら感じない。

 ただひとつ、彼の行った「都立高校改革」なるものが一部で評価されているらしいので、ここで一言だけ述べておく。要するにそれは、学区制の撤廃と競争原理の導入という、まことに典型的なネオリベ政策であり、エリート校(石原の言う「進学指導重点校」)と落ちこぼれ校(同じく「エンカレッジスクール」)の選別・固定化なのであって、実際、一握りの学校(自校問題作成校)はエリート校として生き残るかもしれないが、その代わり残りの百数十校はいわゆる学習困難校となり統廃合されてもかまわない、というきわめて露骨な格差政策なのである。

 このへんの話に興味がある方には、斎藤貴男氏の『人間選別工場――新たな高校格差社会』(名著『機会不平等』第1章の続編とでもいうべき本)あたりを読んでいただきたい。

 石原慎太郎は、自らのサイトで「『結果の平等』を偏重する悪しき平等主義が横行し、画一化された、およそ面白味のない教育が行われてきた」などとほざいているが、徹底した管理統制によって、むしろ教育現場は荒廃の域に達している。ゆめゆめ「都立高校の復活」などという石原のスローガンにだまされてはならない。(続く)

 ※1 関係ないが、斎藤貴男氏が参院選に出馬するという話は流れたらしい。Wikiによると、「2007年参院選に社会民主党から比例区候補として出馬予定していたが、07年2月にこれを取りやめた。理由は『東京選挙区から立候補する川田龍平氏と社民党が共闘できないのはおかしいから』としている。同党は弁護士の杉浦ひとみ氏を同選挙区で擁立予定。ただし、社会民主党と川田龍平氏が東京選挙区で共闘することになったとしても斉藤貴男氏が再度立候補を決意するかは不明」とのこと。
 ※2 写真は高校の卒業式にて。
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2007年03月07日

東京都知事選・1

 20代の頃は一度も投票に行ったことがなかった。「間接民主制は認めない」というのがその理由だった(と思う)が、いま思えば奇妙な、よく訳の分からない理由だ。最近、本棚を整理していたら大学時代の講義ノートが出てきたのだが、線の一本一本が定規で引かれ、活字のように整然と文字が並んでいる。とても自分で書いたものとは思えない。そういえば高校生のとき、クラスの女の子から「いっしょに初詣に行こう」と誘われて、「おれ左翼だから、国家神道には反対なんだ」と真顔で断ったこともあった。よほど風変わりで、潔癖な若者だったのだろう。というか、もはや明らかに神経症である。

 選挙に出かけるようになったのは30を過ぎてからで、たぶん人生において出会った「イタリア」と「関西」の影響が大きかったのだと思う。以後、万事につけ「いい加減」を旨とする人格が形成された。投票所でも適当にその日の気分で「社民党」とか「共産党」とか「宮崎学」とか書いて投票する。昔だったら考えられないことだ。

 というわけで、都知事選が話題である。東京では他にも「貧乏人大反乱集団」の松本哉氏が杉並区議選に、そして快楽亭ブラック師が渋谷区長選に出馬するなど、各所で訳の分からない盛り上がりをみせている(らしい)。実にうらやましい限りである。なんにせよ、祭りに参加できないのはさびしいことだ。とりわけ、私は長いこと都民をしていたので、都知事選にはひとしお関心がある。

 というのも、石原慎太郎というのが「私の嫌いなタイプ」をリアルに、パーフェクトに体現したような人物だからで、生まれてから後にも先にもこんなに嫌いな人物にはお目にかかったことがない。(続く)

 ※本シリーズは今後1ヶ月間、石原慎太郎が落選するまで続きます。
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2006年03月07日

神聖なるウナギ

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以下、前掲『ウナギのふしぎ』より引用

(……)タラゴナの北150キロほどのところに、ギリシア人が植民地を築いていたのだが、そのギリシア人こそ、ウナギをこよなく愛したことで知られているのだ。紀元前4世紀のはじめに活躍したギリシアの喜劇詩人、ピレタエロスはこう書いている。「死を恐れよ――死んでしまえば、ウナギを食せなくなる」

 古代ギリシアで最高のウナギが捕れたのは、アテナイの北西にあたるボイオティア地方のコパイス湖である。この湖は、今から何世紀も前に水路がつくられて水が抜かれてしまったが、ギリシア時代にはボイオティア北部の広い範囲を覆い、そこに川が注いでいた。ボイオティア人は、ギリシア喜劇のなかでとかくアテナイ人と対照的な存在として扱われる。アテナイ人が、理性を重んじる洗練された人間とされるのに対し、ボイオティア人は無学で欲張りな野蛮人として描かれるのだ。それでも、アテナイ人がボイオティア人に喜んで金を、しかも法外なほどの金を出すものがひとつあった。コパイス湖のウナギである。なにしろ、アリストパネスの喜劇『女の平和』で主人公の女性が、ボイオティアもその住民もすべて滅びてしまえと願ったあとで、こうつけ加えているのだ。「ウナギ以外は」

 こんなギリシア人も、ウナギを敬う気持ちにかけてはエジプト人にかなわない。エジプト人はウナギをある種の神とみなしていたのである。紀元前5世紀なかばのギリシアの歴史家ヘロドトスは、ナイル川ではウナギが神聖なものとされていると記している。『三銃士』を書いたアレクサンドル・デュマは、フランス食文化の歴史に造詣が深いことでも知られるが、その著書『デュマの大料理事典』によると、エジプトにはウナギを神として礼拝するグループがあった。信者はウナギを池に住まわせ、毎日チーズと動物の臓物を食べさせていたという。

 ギリシアの喜劇作家アンティパネスは紀元前350年頃、ギリシア人はギリシア人なりのやり方で、崇めたてまつるより大きな敬意をウナギに払っていると指摘している。「エジプト人がウナギを神々に比したことを、彼らの賢明さとみる向きもある。だが、わがほうではウナギが神々よりも尊ばれ、はるかに重きをなしている。神々であれば、二言三言祈りをつぶやけば機嫌をとることができよう。ところがアテナイでは、ウナギのにおいをかぐためだけにでも銀貨一二枚は支払わねばならないのだ!」
(続く)
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2006年03月03日

ウナギのふしぎ

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 昨年、ウナギ界で話題になった本がある。リチャード・シュヴァイド著『ウナギのふしぎ――驚き!世界の鰻食文化』(梶山あゆみ訳、日本経済新聞社、2005年)がそれである。原題は「Consider the Eel : A Natural and Gastronomic History」。私はこの本によって、蒙を啓かれること大であった。

 例えば、イタリアなどヨーロッパでは好んでウナギが食べられているが、これに対してアメリカ人は全くといって良いほどウナギを食べないらしい。(というか蛇蝎のように嫌悪しているとか。)およそ理解できない事柄であるが、だとするとブッシュがあれほど世界から嫌われるのも、きっとウナギを蔑ろにしているからに相違ない。なるほど、と得心がいった。

 またこの本では、ヨーロッパにおけるウナギ漁が盛んな地域として、スペインのバスク地方と、北アイルランド地方の二つが採り上げられているのだが、すぐに気がつくように、これらはETA(バスク祖国と自由)やIRA(アイルランド共和国軍)といった武装組織の本拠地なのである。実際、ウナギ漁に携わる漁師の中には、これら独立運動の支持者も数多くいるらしい。だとすれば、ここに「ウナギと革命」という実に魅惑的なテーマ設定が生まれてくるわけで、私は読んでいて興奮を抑えることができなかった。

 その他、この本の中には、せいぜい蒲焼き・白焼き・うざく…といったレシピしか知らないわれわれにとって、想像もできないほどバラエティ豊かなウナギ料理の数々が紹介されている。ウナギの知られざる生態や、あるいは含蓄に富んだウナギ語録――それはまた機会を改めて紹介しよう――など、いやはや、これは江湖のウナギファンを唸らせる好著である。
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2006年03月02日

産卵場所が特定

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 先ほど立ち読みした週刊文春によると、荒川静香は決勝前日に日本料理屋で50cmもある鰻を1匹まるまる食べたそうだ。これで思いがけぬ金メダルにも深く得心がいったというものである。何事にもウナギを軽んじていては、いい結果など出せるはずがない。

 やや旧聞に属するが、東大の海洋研究所がウナギの産卵場所を発見した、というニュースもあった。周知のように、これまでウナギが産卵する正確な場所については謎に包まれていた。素人考えでは、産卵するウナギに発信機でもとり付けておけば良いような気もするが、あの通り体がヌルヌルしているので発信機を取り付ける場所がないのだという。で、このたび海洋研が漁船で孵化直後の稚魚を捕獲するという方法で、産卵場所をマリアナ諸島沖の海山であることを特定したという。ウナギ界にとってひさびさの明るいニュースである。

 しかしながら、「産卵場所が不明」という事実こそが、ウナギの汲めども尽きせぬミステリーの淵源となっていたこともまた否定できない。関係者はウナギの完全養殖への期待を語っているが、仮に養殖が成功したとして、1匹100円とか50円とかでスーパーの店頭で投げ売りされているウナギの姿を想像するのは、ファンとしておよそ忍び難いものがある。ふだん1000円や2000円で売られているのを見て、とても手の届かぬものと深くため息をついて諦めるからこそ、鰻を食べられたときの悦びもまた限りなく大きなものなのである。

 ウナギは高価だからこそ、生態が明らかでないからこそ、人々のファンタジーをはげしく掻き立てる欲望装置として機能している。ありふれた大衆魚になってしまったら誰もウナギを「信仰」したりなどしないであろう。したがって今回の産卵地特定のニュースには、これを手放しで喜ぶ気にはなれず、むしろ否定的にならざるを得ないのである。(写真は東京都交通局の鰻のポスター)
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2006年03月01日

びわ湖とアート

katata.jpg
 そういえば週末に滋賀の堅田へ行ってきた。「湖族の郷アートプロジェクト2006」なるものを見に行ったのである。堅田といえば、あの橋本忍監督の奇蹟の傑作「幻の湖」のロケ地であり(この映画についてはまたいつか書くこともあろう)、歌舞伎「源平布引滝」で小万の斬られた腕が漂着する場所であり(現在でも「おとせの浜」という名前で残っている)、庭園マニアには垂涎の「天然図絵亭(居初家庭園)」もあって、何よりその古い街並みがたいへんに結構な土地なのである。

 で、着いたのは夜になってからなのだが、終了時間までに駆け足で見て回った。しかし正直言って展示よりも、散在する木造民家を借り受けてギャラリーにしたその建築のほうにいたく興味を惹かれた。作品の中では、駅からいちばん近いところに展示されていた薄暗い廃屋(?)が良かった。(しかしあの廃屋のどの部分が人の手を加えた「作品」であるのかは皆目分からなかったが…。)途中、小さな郷土資料館が展示会場になっていて、片隅に喜劇役者・志賀廼家淡海の資料が展示されている。聞くと堅田の出身なのだという。

 帰りがけ、浮御堂のそばに古い銭湯があり、そこでひと風呂浴びることにした。見るとロッカーに鍵が付いていない。のんびりした田舎なので「板の間稼ぎ」なぞは存在しないのであろう。

 夜のびわ湖はとても美しかった。
posted by unagi at 22:13| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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