2006年02月28日

宝塚に目覚める

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 いろいろと事情が重なって、このところずっと何もする気がおきず、ほんとうにダメダメな日々を送っていた。仕事から帰ってくると、コタツでゴロゴロしながらひたすらスカパーばかり見ていた。(1日2本ぐらい映画を見ていたから、今年に入ってもう100本近く見たことになるだろうか…。)

 で、さすがに生活上いろいろと支障をきたしてきたので、束の間の気晴らしに東京へ行ったのだが、そこで生まれて初めて<宝塚>を見たのである。「ベルサイユのばら〜フェルゼンとアントワネット編」。びっくりした。あまりの衝撃にクラクラと眩暈がした。というか完全に魂をわしづかみにされた。

 それ以来、ずっと宝塚のことで頭が一杯で、仕事中も気がつくと「愛〜それは〜かなしく〜♪」という「ベルばら」の主題歌を口ずさみ、家へ帰ってからは「オスカル編」のチラシに載っている朝海ひかるの写真を眺めながら、ただただウットリとしているのである。

 ああ、なんというか、ただもう夢中なのである…。
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2006年01月12日

味道探求の名著

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 連休、松竹座へ歌舞伎を見に行った。メインは仁左衛門・玉三郎の「十六夜清心」。悪かろうはずもないが、大阪の地ですっきりとした江戸前の芝居をいまだ正月気分で楽しむ。で、帰りはいつものように千日前の古本屋(天地書房)に寄ったのだが、ここで思いがけない本を見つけた。川口昇『味道探求名著選集 第6巻・うなぎ風物誌』(東京書房社、1980年)である。著者は日本橋の鰻屋で生まれ育ったということで、ウナギに対する薀蓄と愛にあふれた好著である。
 これをつらつら眺めていると、なかなか面白いことが書いてある。私が生まれ育ったのは深川の砂町の近くで、芝居でいうなら「東海道四谷怪談」に出てくる隠亡堀のあたりであるが、そばに小名木川(おなぎがわ)という川が流れている。私はかねてからこれは「うなぎ川」が転訛したものではないかと考えていたが、傍証が得られなかった。ところがこの本によると、1679年の延宝図に「鰻沢」とはっきり記載されているそうだ。
 周知のように、「四谷怪談」隠亡堀の場には、鰻掻きを生業とする直助権兵衛という人物が出てくるのだが、この場面に「首がとんでも動いてみせるわ」という伊右衛門の有名な台詞がある。この台詞自体は南北の原作にはなく大阪の上演本「いろは仮名四谷怪談」からの借用であるが、「首がとんでも動く」というのはウナギからの連想ではないか(!)と著者は言う。実際、ウナギは頭を切り落としてもしばらくはピクピク動いているらしい。直接見たことはないのだが、むかし見たフォルカー・シュレンドルフ監督の「ブリキの太鼓」という映画の中に、そういうグロテスクなシーンがあったように記憶している。
 さらに、芝居に出てくるウナギといえば、岡本綺堂に「城山の月」という作品があるそうである。これは二代目市川左団次のために書き下ろされたものだが(大正11年、明治座で初演)、左団次演じるのが大のウナギ好きの西郷隆盛、という設定である。序幕は鹿児島六日町の鰻屋の店先。本書から引用しよう。
 「この場は戦にやぶれた西郷一党が鹿児島落ちしていよいよこの町に帰ってくるというので、日頃からひいきになっていた鰻屋一家が、ありったけの鰻を焼いて一行に食べさせたいと、調理場では間に合わぬのでまな板や庖丁を店の外へ持出して鰻を割こうとする。出前持ちが鰻ざるを抱えて出てきたとたん、小銃の音に思はず持っている笊を取落とし舞台に鰻が散乱、それを拾いあつめるというそれまでの緊張をほごす幕切れで、鰻を舞台で大胆に技巧的に使っていることではめずらしい場面である。」
 なんともワクワクする場面ではないか。ぜひ見てみたいものである。
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2006年01月06日

曽我梅菊念力弦

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 正月なので3日間だけ東京へ行った。むかしは毎月必ず、東京へ歌舞伎を見るために出かけたものだが、最近は舞台を見るより江戸時代の台本や評判記を読むほうが楽しいので、毎月は行かない。今回も通例どおりお金のかからない手段での往復。
 洋行帰りの旧友と5年ぶりに浅草で会った。独文出身のくせに今はパリ大学で哲学を専攻しているらしい。いつものように場外馬券場横の「三ちゃん」で昼間から飲んだくれ、ついでに浅草寺へお参りに行った。初詣客のすさまじい雑踏に揉まれながら、頭上を飛んでくるお賽銭や落ちている小銭を一生懸命に拾った。おみくじを引いたら「末吉」と出た。あとはよく覚えていないが「蛇骨湯」に入ったり、山谷で焚き火にあたったりしたような気がする。
 翌日は歌舞伎座に藤十郎の襲名を見に行く。こってりした「先代萩」を堪能。さらに翌日(つまり昨日だ)、国立劇場で「曽我梅菊念力弦」を見る。ちなみに「そがきょうだいおもいのはりゆみ」と読む。鶴屋南北作の復活狂言で、例によって筋がとんでもなくマニエリスティック。しかし台本の面白さに比べたら芝居は退屈。(冒頭、梶原源太景季が零落して女郎屋の客引きをしている、という設定のバカバカしさ!!)
 ともあれ南座の顔見世から2ヶ月続けて芝雀丈を見られたことに満足しつつ、ひさしぶりに渋谷へ出た。ハチ公にお参りしてから、シアターコクーンで野田秀樹が「贋作・罪と罰」をやっていたので、フラっと立見席を買う。見終わって、時代が変わったのにここだけは何も変わっていない、という不思議な違和感だけが残った。
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2005年12月14日

きも吸いのこと

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 真冬でもウナギを食べたいときはやはりウナギを食べたいのであって、そういうときは冷凍庫に常備してあるウナギの肝パックをおもむろに解凍する。思えば、ウナギよりも肝吸いのほうをより愛好していた時期がかなり長くあって、これも一種の倒錯と言えるのかもしれないが、まあ誰しもそんな青春の一ページがあるというものだ。実際、ウナギに肝吸いが伴わない世界などというものは、想像するだに恐ろしくかつ味気ないものである。
 ところで倒錯といえば、つい今しがたコタツで寝転がりながら読んでいた本の中にこんな一節があった。「『倒錯』というと話がオーバーになりますが、要するにたべものの好みって言えばいいんですよね。(……)つまり、僕は辛いものが好きだと、あるいはうなぎが好きで好きでしようがなくて、もううなぎのためには自分の政治的信条を犠牲にしてもいいとか、そういう話は現実にあり得る。」(四方田犬彦『週刊本10・映像要理』朝日出版社、1984年)
 私はハタと膝を打った。たしかに、これは充分にあり得る話である。私自身も、もし仮に誰かから「梅の井でウナ重をおごってやるから自民党に一票入れてくれ」と言われれば、ちょっと考えこんでしまう。そう、ウナ丼のためだったら小泉政権でも支持してしまいそうな、眩暈のするような不穏なシャルム(魔力)がウナギには、ある。これまでの長い人類の歴史のなかには、ウナギのために起こった数多くの殺人、戦争、テロリズムがあったのであろう。きっとそうにちがいない。
 不意に思いがけず「うなぎ」という文字を目にしたので、つい、ひとりで興奮してしまった。
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2005年12月13日

ウーララへ行く

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 日曜日はひさしぶりの休みだったので、夕方から北大路へ不良中年アーティスト(仮にMーキーと呼んでおく)の個展を見に行き、またその足で、西大路の「ウーララ」へ不良中年ミュージシャンのライブを聴きに行った。不良中年ミュージシャンはピンクのズボンをはいていた。客席の後ろのほうでは「あのピンクはねえ…」などと賛否両論ささやかれていたが、ギターさえ上手ければそんなことはどうでもいい。いやむしろ、ズボンはピンクに限る。
 不良中年ミュージシャン(仮にHデヨヴィッチU杉さんと呼んでおく)の後は「ピカリンス」が出演した。実は初めて聴いたのだが、これがまことに良かった。京都では有名な女性3人組のバンドだが、これまで聴く機会を何度も逸していたことを後悔した。そもそも私は「Phew」とか「少年ナイフ」とか、歌の下手くそなお姉さんたちのバンドが大好きなのである。で、即座に「ピカリンス」の大ファンになってしまったのである。以上。
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2005年11月18日

家が消滅した日

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といっても今住んでる家ではない。
大学の中に勝手に建てて、2年以上も住み続けたバラック小屋。
先月、それがついに撤去された。

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内部は3畳の広さ。とても快適な生活だった。
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2005年11月17日

朝倉喬司講演会

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↑やっとできたビラ。職場に貼ってもいいか、と訊いたら上司に「あやしいからダメ」と言われた。以下、講演の案内。興味のありそうな人に教えてあげてください。(転送歓迎)

京都大学文学部中間実行委員会・11月祭企画
朝倉喬司講演会「明治×犯罪×芸能:いま大学に必要なものは犯罪と芸能だ!」
11月23日(水・祝)14:00から
京都大学文学部・新館第3講義室
お代は見てのお帰り(カンパ制)

近代日本の“忘れもの”:明治の近代化のひずみが特異な犯罪を生み出した。そしてこの犯罪こそが「語りもの」芸能の隆盛をもたらした。明治・犯罪・芸能という三題噺から見えてくる、激烈な生の空間。

朝倉喬司氏プロフィール
1943年岐阜県生まれ。早稲田大学中退。在学中にベトナム反戦直接行動委員会を結成。東京・田無の日特金属工場を襲撃し、指名手配される。その後「週刊現代」記者となり、同僚の宮崎学氏と親交を結ぶ。現在、第一線の犯罪ルポライターにして全関東河内音頭振興隊隊長。著書:「犯罪風土記」「芸能の始原に向かって」「流行り唄の誕生」「FOR BIGINNERS ヤクザ」「遊歌遊侠」「走れ国定忠治」「毒婦伝」「怪盗疾る」など多数。近著に「明治・破獄協奏曲」「涙の射殺魔・永山則夫と六〇年代」「ヤクザ・風俗・都市」「こっそり読みたい禁断の日本語」「自殺の思想」等がある。

「それでいながら、犯罪物語はそれが存在していること自体によって、殺人のもつ両面を讃美していた。犯罪物語がひろく成功したことは、人間がいかにして権力に反抗して立ちあがり、法を犯し、死をもって死の危険に身をさらすことができたかを知りたい、語りたい、という欲求があることを明示している」(フーコー)

河内十人斬り:明治26年5月25日深夜。河内国赤阪水分村で百姓の長男として生まれ育った城戸熊太郎は、博打仲間の谷弥五郎とともに松永伝次郎宅に殴りこみ、十人余りを殺害。二人は金剛山へ立てこもり、やがて追いつめられて自害した。この事件は、河内音頭でもっとも重要な演目として今も唄い継がれている。最近では、作家の町田康が長編「告白」で取り上げて話題になった。
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2005年09月17日

ネズミの思想!

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 9月16日。上野・東京芸大美術学部で開かれた公開講義に行った。(芸大に足を踏み入れるのは大学院入試(音楽学部)に落ちて以来。)講師は平井玄氏、演題は「ネズミの思想――甦る騒動師ベンヤミン」。5時間たっぷりの講演である。野坂昭如の『騒動師たち』を不穏な思想家ベンヤミンの圏域に引きこみつつ「ネズミの思想」を構築するという、なかなか野心的な企画。初日は小田マサノリ氏、2日目は足立正生氏をゲストスピーカーとして招いたという。(小田さんの映像が見られなかったのは残念!)以下、メモした講義ノートをアップしておくので勝手に内容を想像してください。教室にレコードプレーヤー(!)を持ちこみ、アイラーやらパーカーやらをかけっぱなしで話すのが格好良かった。ちなみにアイラーの「スピリチュアル・ユニティ」を「世界で最も美しい音楽です」と言いながら紹介していた。まったく同感。「ネズミの思想」に続く「ウナギの思想」の可能性について深く示唆を受けた。

「ネズミ人間の可能性」 ミッキーマウス、グリとグラ 鼠小僧次郎吉→黒テントで復活 カフカ「歌姫ヨゼフィーネ」(1924) 野坂昭如『騒動師たち』 『行き暮れて雪』(中公文庫) 『文壇』 50年代に月収30万 開高健『ずばり東京』、ECD 「山谷・やられたらやりかえせ」で2人殺されたとき野坂昭如は山谷に2、3日泊まりこんで週刊新潮のコラムを書いた ■アルバート・アイラー「スピリチュアル・ユニティ」■ 「世界で最も美しい音楽」「肯定的」 菊池成孔『東大のアルバート・アイラー』 雑音多いほうが情報量が多い→ディープ・パープルよりジミ・ヘンドリックス 「プリミティヴ」 アイラーの音楽はワンコードで演奏自体は簡単(大友良英) ノイズ→ネズミの声 マイルス、ウィントン・マルサリス 知的な音楽 フリーク・トーン 限界を超えた高音 菊池「おかまの声」 カフカ 二十日鼠→ユダヤ人のアレゴリー 「私たち一族は音楽に疎い」 シェーンベルク ユダヤ系 ハスカラ(ユダヤ啓蒙運動) マーク・ボラン、セルジュ・ゲンズブール 高橋悠冶『カフカ――夜の時間』 ヨゼフィーネの声 つぶれた声、かすかな唸り ゴールドベルク変奏曲の新盤 音程のはずれ ずさん、いい加減、余計な音 『音楽のおしえ』「バッハはヨーロッパ音楽とは関係ない」 70年代の高橋悠治はジャズ嫌い→アドルノの影響 ジャズの重要な側面を言い当てている ジャズ喫茶のマスターが有線放送のアドバイザーになっている ジャズの先端はネズミの歌 ■マイルス「ダーク・メーガス」■ 「ゲット・アップ・ウィズ・イット」 マイルスがいちばんフリージャズに近づいた2枚のアルバム 活動停止直前 ワンノート ネズミ的要素 ギターのカッティング、ベースギター→ファンクに影響 全員同格で一斉即興演奏 ミッキーマウス(1928) 原始的なロボットでありながら動物→意味もなく脈絡もなく暴れ回る ルーズベルトのニューディール政策 労働運動 ケインズ主義 動物、反人間は西海岸の移民たちのアレゴリー ポグロム(ユダヤ人迫害) ブレヒト『三文オペラ』(1928)ロンドン警視庁 剽窃魔→リミックス、サンプリング ワイル「三文オペラ」→ジャズの影響「マック・ザ・ナイフ」 ベンヤミン ゲットーの外で育った非ユダヤ的ユダヤ人 データベース 散文化、断片化した文化状況への批判 ネズミ思想の創始者 「ヨゼフィーネ」「ミッキーマウス」「三文オペラ」の三つをおそらく同時に見ていた フォード工場のストライキ 労働組合 幸徳秋水→渡米 反イラク運動 ネズミの反乱の可能性 エスニック、アナーキー このへんにベンヤミン思想のいちばん面白いところがある■ジュゼッピ・ローガン(フリージャズ)「Quartet」(1964)■ その後消えてしまった謎のミュージシャン グループ「パラドックス・トリオ」を予感 野卑な音 前衛的エスニックジャズ 「フリーなジャズ」「フリー・フロム・ジャズ」の2つの意味 麻薬売買 アイラーの墓は米軍基地にある 川に死体が浮かぶのはネズミの死に方以外の何物でもない 無様な、無意味な死 パサージュ論のメモが入った皮袋をバタイユに預ける→市立図書館の地下室に保管 パサージュ論のフーリエの章にミッキーマウスが突如出てくる フーリエは人間と動物を区別しない→ユートピア ゲッベルスもミッキーマウスのたいへんなファンだった ナチ幹部の秘密上映会が行われディズニー映画は見られていた 動物的な攻撃性を持ったネズミ的なもの ■チャーリー・パーカー ダイヤル盤「バーズ・ネスト」■ バークレー音楽院(現、音楽大学) 渡辺貞夫 バークレーメソッドをネットで公開 複雑なコード、スピード ディズニーランドの支配者の息子 「裏ミッキーマウス」 初期のミッキーマウスの暴力性 ギャングや金持ちたちのために制作→チャーリー・パーカーに受け継がれた 黒人たちの反抗を制圧するためにマフィアを使ってCIAは麻薬をスラムにばらまいた 「ネズミ人間」の歌→ベンヤミン、ブレヒト、カフカ 下から湧き上がってくる繁殖物 ノルベルト・ボルツ『ベンヤミンの現在』(法政大学出版局) バイオテクノロジー 遠藤徹(同志社大学)→カウンターカルチャー好き 有機物と無機物の境目がなくなってきた LSD サイケデリックな人間の変容 ジョン・ゾーン「コブラ」 敵の手段を逆用 ニューロサイエンス カトリーヌ・マラブー『私たちの脳をどうするか』 ヘーゲル 小泉義之 「ほんとうに動物になる」ことが証明されつつある 野坂昭如→横山健が大ファン ヒット曲 60年代釜ヶ崎で毎年暴動が起こっていた 街頭騒乱とメディアの効果 小沢昭一主演「エロ事師たち」 破綻して単行本化されなかったものがたくさんある 中上健次よりパーカー的 野坂昭如『東京小説』(講談社文芸文庫) バブル時代の東京を描く→太ったネズミ ■Raz Mesinai「Before the law」(2001)■ ジョン・ゾーンがプッシュ ネズミ的な神経が感じられる ニューヨーク「トニック」 「New Jazz」(インパルスレーベル)→アヴァンギャルドは反発 ドイツこそ最も反ユダヤ的ではない国 クレズマー イディッシュ語 カネッティ(セファルディの血を引くチェコ生まれ) フォークダンスの多くはクレズマー→GHQの民政部門にユダヤ系が多かった ユダヤの雑種文化 雑種なネズミの生命力、繁殖力 ECD「失点イン・ザ・パーク」(太田出版) 中野生まれ、吉祥寺育ち ガレージの生家を訪ねる→ネズミそのもの (註:■内は音源紹介)
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2005年09月16日

控訴審判決報告

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 大阪高裁9月8日の判決は、予想されたとはいえ、やはり控訴棄却の判決だった。控訴趣意書を2日かけて45枚も書いたのだが、ほとんどスルーである。しかしまあ、そんなものであろう。判旨朗読が5分ほどで終了した後、土佐堀川に架かる橋の上で傍聴人交流会が開かれ、路上で酒を呑んで裁判所に向かってアジった。しかし一審の時ほど盛り上がりに欠けたのは、前回のような河内音頭大サウンドシステムがなかったからか。
 ところで、高裁の近くには「志津可」という老舗のうなぎ屋があるのだが、今回は傍聴人一同で「宇奈とと」という店に出かけた。驚くことに、大阪には(吉野家や松屋のような)うなぎ専門のチェーン店が存在するのである!!(うな丼500円、うな重700円、肝吸い100円!)味のほうはまったく保証しないが――ほんとうに中国産そのものの味がする――こんな店がある大阪の街の懐の深さに、いたく感動したのだった。
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2005年09月13日

浪速のジャニス

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 日曜日は西部講堂、反戦ミュージックの2日目に行った。ここですごいものを聴いた。「浪速のジャニス」こと小林万里子さんのライブである。有名な「朝起きたら〜男の態度が変わってた〜♪」から始まって北朝鮮ネタ、下ネタ、ダジャレのオンパレード。今回初めて聴いたのだが、ウワサに聞いていた以上である。
 しかもまた声量がすごい。河内音頭の音頭取りでもあんな人はめったにいない。「日本の女性は韓国の男性が好き〜、韓国の男性は北朝鮮の美女軍団が好き〜、美女軍団は将軍様が好き〜、将軍様は引田天功が好き〜♪」等々。
 最後は「偽ジプシー」の演奏でみんなで楽しく踊った。
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